「俺も行きます」
「それはダメ」
会議を終えて冴鳥の研究室にやってきた晴翔に事の成り行きを説明したら、案の定な返事が返ってきた。
「今回は僕と冴鳥先生をご指名だから、二人で行ってくるよ」
「二人だけなんて危険です。RISEは理玖さんが神なんですよ。どんな手を使って誘拐しようとしてくるか」
肩を掴んでガックンガックン揺らされる。眼鏡が飛びそうになる。
実際、積木大和はプロポフォールを忍ばせていたらしいから、下手をすれば命に係わる。
晴翔の心配も理解できなくはない。
「警察が警護します。お気持ちはわかりますが、今回はどうか、待機を。向井先生の研究室に待機してもらえれば、警察官を一人、配置します」
國好の意見は妥当な妥協案だ。
何も言えずに、晴翔が歯を食い縛った。
「なら僕も、空咲さんと一緒に待機させてもらえますか?」
仮眠室から深津が出てきた。
今日は男性の姿だったので、咄嗟にはわからなかった。
「僕も拓海さんが心配だから、一緒に行けなくても、近くに居たいです」
控えめに話す様子は、女装していた時とは別人のようだ。
冴鳥が深津に駆け寄った。
「起きて大丈夫か?」
「もう、平気。拓海さんに触れていると、楽になる」
背の高い冴鳥に深津が抱き付く。
身長差まで理想的だなと思う。
「男の子の姿でも、やっぱり可愛いね」
理玖は、ぽそりと呟いた。
「空咲さんと一緒に居られたら、一人でいるより不安じゃないから。空咲さん、良いですか?」
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「俺も行きます」「それはダメ」 会議を終えて冴鳥の研究室にやってきた晴翔に事の成り行きを説明したら、案の定な返事が返ってきた。「今回は僕と冴鳥先生をご指名だから、二人で行ってくるよ」「二人だけなんて危険です。RISEは理玖さんが神なんですよ。どんな手を使って誘拐しようとしてくるか」 肩を掴んでガックンガックン揺らされる。眼鏡が飛びそうになる。 実際、積木大和はプロポフォールを忍ばせていたらしいから、下手をすれば命に係わる。 晴翔の心配も理解できなくはない。「警察が警護します。お気持ちはわかりますが、今回はどうか、待機を。向井先生の研究室に待機してもらえれば、警察官を一人、配置します」 國好の意見は妥当な妥協案だ。 何も言えずに、晴翔が歯を食い縛った。「なら僕も、空咲さんと一緒に待機させてもらえますか?」 仮眠室から深津が出てきた。 今日は男性の姿だったので、咄嗟にはわからなかった。「僕も拓海さんが心配だから、一緒に行けなくても、近くに居たいです」 控えめに話す様子は、女装していた時とは別人のようだ。 冴鳥が深津に駆け寄った。「起きて大丈夫か?」「もう、平気。拓海さんに触れていると、楽になる」 背の高い冴鳥に深津が抱き付く。 身長差まで理想的だなと思う。「男の子の姿でも、やっぱり可愛いね」 理玖は、ぽそりと呟いた。「空咲さんと一緒に居られたら、一人でいるより不安じゃないから。空咲さん、良いですか?」&
会議室から出ると、誰もいなかった。 理玖がいなくなって探し回っているのかもしれない。「あら? 向井先生、おかえりなさーい」 後ろから伊藤に声を掛けられた。「急に向井先生の姿が見えなくなったから、更待さん大慌てでその辺、走り回っているみたいですよ~」 ニコニコしている伊藤はいつも通りの様子だ。(もしかして、佐藤さんが僕に話しかけやすいように、わざと更待さんの気を引いたのかな?) だとしたら國好もきっと、佐藤に気が付いている。 佐藤が付けてきていると気が付いて、わざと声を掛ける隙を作ったのだろう。 何も知らないのは更待だけという訳だ。「あ! 更待さーん、向井先生、いましたよ~!」 遠くの廊下を走る更待に向かい、伊藤が声を掛けた。 更待が猛ダッシュで走ってきた。「一体、どこに消えていたんですか、先生……」 めちゃくちゃ息が上がっている。 大変に申し訳なく思った。「ちょっと、トイレに……。ごめん」 大変苦しいがベタな言い訳をした。「お待たせしました。何かありましたか?」 とても良いタイミングで國好が戻ってきた。 息が上がっている更待を眺めて、國好が不思議そうに聞いている。「向井先生がトイレに行っていただけですよぉ。ちょっと長かったけどねぇ」 伊藤がクスリと笑んだ。 本当に、何をどこまで知っているのだろうと思う。「そうですか
第一学生棟総合受付の近くで、國好が立ち止まった。 時計を確認して理玖を振り返る。「そろそろ会議が終わる時間ですが、空咲さんを待ちますか?」 理玖は首を傾げた。「時間通りに終わるとも限らないし、研究室に唐木田さんが待機してくれていますから、晴翔君には一度、部屋に戻ってもらった方がいいと思いますが」 部屋を空にして盗聴器を仕掛けられる状況を懸念して、なるべく誰かは残るようにしている。 晴翔たちが戻ったら栗花落が残り、唐木田が冴鳥の研究室に合流する約束だ。 國好の目線が理玖の後ろに泳いだ気がした。「では、少しだけここでお待ちください。更待、頼んだぞ」 國好が前を指さす。「わかりました」 更待が頷いて、國好が総合受付の方に駆けていった。 入れ違いのように事務員の伊藤の姿が見えた。 理玖たちを見付けて手を振っている。「向井先生、お久し振りです。えっと、警備員の更待さん?」 理玖への挨拶もそこそこに、伊藤が更待に声を掛けている。「あのね、そこで國好さんに頼まれたんだけど……」 手に持った書類を見せながら、伊藤と更待が立ち話を始めた。 更待が完全に理玖に背を向ける姿勢になった。 と思った瞬間、後ろから口を塞がれて、体を引っ張られた。 後ろから抱きかかえられているから、顔もわからない。 ジタバタする暇もなく、第三会議室に押し込まれて、鍵を掛けられた。「向井センセ、もうちょっと部屋の外に出てくんない? 付け入る隙も無いんだけど」&
金曜の午後、理玖は改めて折笠からの手紙を読み返していた。 折笠から預かったUSBは警察が押収している。 コピーを理玖と福澤理事長、羽生部長がそれぞれに持っている。「改めて読んでも、RoseHouseについては一言も書かれていない」 理研や奥井の名前は、はっきり書いてあるのに、RoseHouseや安倍晴子については一つも書かれていない。それが気になった。「悪人面した悪人と、善人面した善人か」 これが唯一、安倍晴子を指している気がするが。「どうして折笠先生は、RoseHouseについての明言を避けたんだろう」 理玖以外の人間がUSBを見付ける懸念を考慮したのかもしれないが。 だとすれば、理研や奥井の名前も伏せるはずだ。(理研は明記して、RoseHouseは伏せなきゃならない事情ってなんだろう) Dollへの寄付金の振込先口座はRoseHouseの名義がしっかり書かれていた。 隠す意味がない気がする。「理研は潰したいけど、RoseHouseには潰れてほしくない。そういう心理かな」 臥龍岡を愛していた折笠なら、もしかしたらそう考えるかもしれない。 それに、理玖が一番気になったのは。「大事な人を持っていかれないように……。晴翔君を誑かす輩がいる、のかな」 RoseHouseを完全に潰す理玖の意向に、晴翔は賛同しかねる様子ではあった。 だが、それはSky総研副社長として、あの施設の価値を考えたが故だろう。「それも充分、誑かしと呼べなくもないか」 大企業の役職という立場で資
「跡形もなく木端微塵に破壊する」 理玖の言葉に、國好と晴翔が顔を上げた。「栗花落さんの状態はPTSD、外傷性心的トラウマ症候群です。一朝一夕で治る病気ではない。RoseHouseが存続する限り、トラウマは続く。だから、再起不能なまでに破壊しましょう。RoseHouseも、マザーと呼ばれる安倍晴子も」 國好が理玖の言葉に気後れしている。「木端微塵に破壊って、どうするんですか?」 晴翔が恐々問う。「晴翔君は以前に、あれだけ整った施設を壊すのは勿体ないからSky総研で引き取ると言ったよね?」「えぇ、HPに掲載されている施設としては充実しているし、あんなに完璧な設備はないです。箱を貰えるなら、営業形態を変えて引き継ぎたいと考えますよ」「それは却下だよ」 晴翔が、ぐっと言葉を飲んだ。「栗花落さんであの状態なんだ。RoseHouseに深く犯されている臥龍岡先生や秋風君は、それ以上だろう。RoseHouse出身の総ての子供が栗花落さんと同じだと考えるべきだ」「そう、ですね……」 晴翔が視線を落として同意した。「片鱗でも残せば恐怖は続く。子供たちのPTSDを根本から治療するには、恐怖の根源であるRoseHouseの壊滅が必須だ。自分たちを縛る鎖はないのだと、本人たちが気が付かないといけない。それでも、リハビリは必要になるけどね」 理玖は両手の人差し指を揃えて、目の前に掲げた。「RoseHouseの破壊とマザーである安倍晴子の社会的な失墜。それがPTSDを治療する最低条件です」 國好が晴翔と同じように、煮え切らない顔をした。「
保健室を介して栗花落に安定剤の処方を出した。 呼吸は安定して傾眠傾向だったので、今は仮眠室で休んでもらっている。 更待と唐木田を部屋の警備に残して、理玖と晴翔は國好と共に部屋を移した。 真野と待ち合わせをした第一図書館の個室は作りもしっかりして壁も厚いので、内緒話にはぴったりの場所だ。「栗花落は、俺がWO犯罪対策班に移動になってすぐに保護した子供です。当時は十五歳で、親からの性的虐待に気が付いた中学教師の通報がきっかけでした」 國好が俯きがちに淡々と話してくれた。「栗花落の家から違法なonlyの興奮剤が見つかり、入手ルートがDollだとわかりました。慶愛大とは別の大学のDollで、仕切り役も折笠ではなかった。最初のDollの検挙事件でした」 十一年前の日本だと、onlyの興奮剤は治験すら始まっていない。 日本に存在してはいけない薬だ。「栗花落がRoseHouseの出身者だと知り、聴取にも行きましたが、その時点でRoseHouseに怪しい点は見付けられなかった。里親の性的虐待が認められて、児童相談所を通して保護扱いになり、ウチで引き取りました」「國好さんの家に、ですか?」 晴翔の問いかけに、國好が小さく頷いた。「RoseHouseは礼音を戻してくれと言ってきましたが、本人が戻りたがらず。その姿があまりに必死だったので、親父が引き取ると決めました。礼音が……、大学を卒業するまでは、ウチで面倒を見ようと」 十一年前なら、國好の父親はまだ現場に出ていたんだろう。 RoseHouse出身なら他に身寄りもないだろうから、行く場所もなかったはずだ。「ウチで過ごしている時の礼音は、普段のように明るくてお調子者で、でもやけに気が回る子供でした。大人の顔色を